アントレプレナーシップ・エデュケーター道場

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2006/12/07

知的熟練としてのキャリア考


 経営学部の鵜飼です。自分の経験を話すことは恥ずかしいものです。功を成したわけでもなく、41歳の現在でも生きることと、働くこととは何かを探す日々を送っているからです。
 しかし、今日、この場に立っています。仕事のことから始め、仕事を選択するための学生時代の取り組みについて話します。私のささやかな経験から、皆さんがヒントを持ち帰ることを祈っています。

 私自身のことをお話しする前に、私が使う「キャリア」という言葉の意味について簡単な解説を加えておきましょう。キャリアセンターで使用されている「キャリア・デザイン=人生設計」とは異なる意味で「キャリア」を用いています。私が学生であった1980年代末には、キャリア・デザインという考え方はあまり浸透していませんでしたので、これから述べる考え方を中心に、私は、自分自身の仕事と人生を考えてきたし、現在でも同じように取り組んでいます。
 では、私が用いる「キャリア」とは、「長期にわたる仕事の経験」をいいます。つまり、就職して以降の仕事能力を高めるための方法に関わる考え方です。重要な点は、長期にわたる仕事の経験を通じ、「多様性への対応」「変化への対応」「重層的効果」といった「知的熟練」が修得できるようにするということです。
 多様性への対応・・・取り扱う事柄の個性により多様性は発生します。例えば、卸売り業の営業職で見てみましょう。卸売り業でもっとも要求される技能は、小売店へのコンサルティング機能です。個々の小売店にその商圏を考慮し、どのような品揃えをしたら良いかを勧めることです。小売店の商圏には個性があり、マニュアルだけでは足りません。個性に対処するノウハウを身に付け、形成するには、結局多様な小売店を経験するほかはないのです。
 変化への対応・・・需要の変動、技術の変化や製品の変化に対応する能力です。
 重層的効果・・・関連の深い領域間の相互作用です。デパートの店頭販売の紳士服部門では10年ほどで店頭から仕入れに移ることも少なくないようです。そして、また、店頭に戻るようです。この意義は、仕入れが成功するには、消費者の要求を知らなければならず、店頭での経験はそのためのもっとも直接的な道だからです。また、販売量を増やすためにも仕入れの経験が重要です。仕入れで、メーカーや問屋の特徴を知って発注が出せるからです。
 これらへの対処能力は、より顧客に対しても、効率性に関しても、プラスの効果を持ちます。迅速で、適切な判断ができるからです。ゆえに、知的熟練と呼ばれます。
 ポイントは、いかに知的熟練が形成されるかです。ここにキャリアという考えが出てきます。「長期にわたる仕事の経験」をキャリアといいましたね。知的熟練が形成されるためのキャリアのくみ方は、「極めて難しく手も足もでない仕事に直ぐ付くのではなく、その前に、関連は深いが、やや易しい仕事に就く。似た内容で少し優しい日ごとを経験しておけば、コストは大幅に少なくなる。このようにして、関連の深い一群の仕事を、やさしいものから、次第に難しいものへと進んでいくようにします。訓練の方法は、OJTを中心に、節目節目でOFFJTをいれて行うことが一般的です。」関連の深い一群の仕事は、皆さんが思い描いているより「幅広い専門」でしょうね。
 みなさん理解できましたか?難しかったでしょうか?しかし、これを私は学部時代に学びました。残念ながら、愛知学院大学では、経営学部でもこの種の科目はありませんので、職業観が養われないという欠点が学校自体にあるような気がします。それを補完するのがキャリアセンターの役割でしょう。
 次に進む前に、導入部分の振返りの意味でポイントのみ3つ指摘します。
 ①知的熟練の形成には長時間かかるから、直ぐやめるのは、自分の仕事の能力を高めるチャンスを自ら捨てていることと同じ。
 ②単に、時間をかけて仕事をするということでは知的熟練は高まりません。よくよく与えられた業務を考え、つながりを考え、仕事をするという経験を通じた自己学習が欠かせません。これは、正統的周辺参加と呼ばれるものです。
 ③技術者、製造現場労働者だけではなく、ホワイトカラー全般にも形成する技能はあり、専門性はあるのです。これは、単なる資格とはことなる働く中でしか獲得できない技能であり、専門です。余談ですが、資格取得=即戦力という考え方は辞めましょう。資格は、その資格が求められる仕事の入口に立っただけで、仕事に就いた後に、知的熟練を高めていくのです。

 私の仕事の移り変わりを説明しましょう。大学院修士課程終了後、住友信託銀行の戦略子会社である株式会社住信基礎研究所に就職しました。10年つとめ、愛知学院大学に転職して来ました。私が愛知学院大学で教えている科目は、ベンチャービジネス論、企画・事業計画、起業実習などです。
 では、なぜ転職したか?住信基礎研究所に入社した時の頃から振返りながらお話しましょう。住信基礎研究所は、住友信託銀行、その他の民間企業から仕事を請け調査、コンサルティングをする業務と、経済産業省、国土交通省官公庁等より仕事を請け調査、政策立案支援を行う業務を主としています。いわゆる、シンクタンクです。仕事としては、企画提案型営業をし、顧客がつけば具体的に調査項目の洗い出し、調査、レポート作成、プレゼンテーションを行います。仕事の進め方としては、チームを組み、プロジェクト・リーダーが統括します。1チーム、3名から5名程度です。期間的には、3ヶ月から6ヶ月で、多い時には一人当り7つのプロジェクトを同時にこなさなければなりません。
 資格要件はありません。入社後、研究員補、研究員、副主任研究員、主任研究員、主席研究員と昇進し、時には、その先の部長職、取締役へと昇進していきます。私は、研究員補からはじまりました。1998年に設立された新しい会社でしたので、新入社員は私と同期入社のものが初の新卒採用でした。それ以外の社員は、ヘッド・ハンティングで、他の研究所、コンサルティング会社、事業系の会社より採用されており、それぞれが専門性を持って特定の領域を担当していました。
 私の場合は、大学院で企業経営に関わることを学んできましたので、経済・産業・企業経営のグループへと配属されました。この領域のプロフェッショナルになることを目指しての入社でした。あえて、10年間を3つの時期に分けてみましょう。
 第1の時期は、耐えること、尊敬することを学んだ時代。
 第2の時期は、業務の違いと自分の仕事の社会的意義を学んだ時代。
 第3の時期は、社内的には資金繰り、業務の企画、運営を、対外的には交渉、打ち合わせのポイントと重要性を学んだ時代。
 この10年の中で、4つのことを学んだと思っています。
 ①やりたいことを仕事として成立させるためには、一見雑用と思われる周辺の仕事が重要である。もっと言えば、核心部分、周辺部分両方が合わさって一つの仕事となる。
 ②最初はやりたくないと思っている仕事でも本腰を入れて行えば、仕事の楽しさを覚え、仕事を以下に進めるかの技能は修得できる。
 ③一つのことを一つの専門で見るのは片手落ちで、多くの観点から見ることができて、初めて拠りよい成果となる。
 ④信用は、仕事のことを良く知っていることではつかず、日頃の人間関係の構築が不可欠である。だからこそ、日々の業務の中で、社内、社外問わず「相手の意図を汲み取り、自分の意見と統合し、説得し、実際に業務をやり抜く」コンサルティング能力が欠かせない。
 住信基礎研究所の仕事は楽しく、多くの勉強ができました。自分の専門は、様々なテーマをより適切に、具体的に検証するための技能であり、検証するために様々な人をコーディネートし、一緒に協働するノウハウにあると思っています。これは意外でした。つまり、最初は企業経営のコンサルティング能力を高めるという意識で就職したのですが、それは実現できなくとも、異なる専門性を身につけることになり、そして、その意外な専門性を社会で生きていくうえで価値のあるものであると自信を持っていたのです。
 では、なぜ、転職したか?
 徐々に、調査研究業務の技能は高まってきて、仕事の内容も仕事の進め方も、2順目にはいっていました。昔やったことを繰り返し行うサイクルに入っていたのです。つまり、あまり考えずとも、仕事がこなせるという状態でした。これに耐えられなくなったのです。これが第1の理由でしょう。
 第2の理由は、会社組織として調査研究業務を行うことから発生する限界です。つまり、多様なテーマをこなしますが、それぞれ3ヶ月から6ヶ月でセミプロにはなる。もっと深く追究したくとも、他の仕事をこなさねばならず、それができない。他方、調査研究を行って満足のいく成果をあげても、その成果はあくまでも参考情報としてしか取り扱われず、実行される段階では、はじめの意図と違って進んでします。この状態にも耐えられなくなっていたのです。
 つまり、調査研究業務の技能を成長させることが、住信基礎研究所ではできないと判断しました。知的熟練という考え方から言って、私は、調査研究の前段階にある「より深い研究」、調査研究の次の段階にある「実践」のいずれかを修得したいと考えました。幅広い専門性があって、自分のやりたいことが完結すると思ったのです。そこで、転職活動を始めました。
 あえて、二兎を追う転職活動を始めました。一つは大学での研究職、もう一つは起業、すなわち自分の会社をつくり実践する。現在も起業の形式は変わりましたが、二兎を追い続けています。全てが、自分の仕事能力、すなわち知的熟練を高めることに結びつくと信じ、実践しています。

 結びに当り、仕事を選択するための学生時代の取り組みについて皆さんと一緒に考えて見ましょう。レジュメに、「10個の扉と1個の扉」という表現があります。私のところに訪れる比較的多くの学生は、就職活動に直面し、「好きなことがない」「どういう企業を選んでよいか分からない」等といいます。彼らは、就職に向き合っている今、1個の扉もありません。
 極端な例かもしれませんが、このようなことを言う学生の多くは、「家」→「大学」→「アルバイト」の悪のスパイラルに入っています。どの様な生活スタイルなのかな?尋ねてみました。生活がアルバイトを中心に回っています。大学から帰宅し、仮眠をとり、深夜のアルバイトに行く。早朝帰宅し、仮眠をとり、大学に来る。アルバイトから将来につながる何かに興味を持ち始めているのかというと必ずしもそうではない。社会への扉を一つずつ築いていく機会を無駄にしていることが多い様子が窺えます。
 この原因の一つは、「何かに興味を持ち、関心を抱く。そして、その先を試してみる。」といった考え方をしないことにあると最近では考えるようになりました。複眼思考で社会を見て就職希望先を考え、そして活動をしなければなりません。3年生も終わろうとしている時点でこのような悩みを抱えている先輩が多いのです。本日、参加している1年生、2年生の諸君は、いまから社会に向き合う「扉」を増やす考え方と活動にチャレンジしてみましょう。

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